うちのサークルは制作がアイデンティティーであるため、企画の提示や会議が活発であればあるほど活気が生まれ、よい方向に行くという性質を持っている。
そしてその中心にいる人々はいわゆるクリエイターと呼ぶべき人たちで、その考えや技術能力は僕ら凡人には到底及ばないものである。
彼らは時に凡人からすると非常識としか思えない行為で制作を進めていき、しばし周囲の反感を買ってしまう。
しかし結果的には彼らの行うままに作業は進められていく。なぜならそれが良い作品をつくるのにもっとも近道であるからだ。
だが時にはその行いがちょっとばかり行過ぎていたり、あまりに非常識過ぎてサークル全体へ負の影響を及ぼしてしまうという事態も起こりうる。(そしてそれはしばし意思疎通の不足を原因としておこる)
そうなってしまいそうなら、たとえその行為がくだらないことと思えても、僕ら凡人が、各々が持っているこまっちくてつまらない「社会規範」とかいうものの欠片をかき集めて、クリエイターの行いに「NO」を突きつけることもしなければならない。
サークルは社会性の上に成立しているからだ。


もう1つ。
我がサークルは制作がアイデンティティであるため、つくることが何よりも重視される。それは至極もっともなことであるが、重要なのは作品ではなく制作行為だ。
良い作品をつくることが最大の目標ではある。だが、プロの作品に近ければ近いほど良いというものではない。
「サークル活動」として作られた作品の価値が、技術的に卓越した人の集団で作られた作品のそれに劣るとは思えない。
なぜならここはサークルであるからだ。専門学校ではないからだ。
「この企画が優れているっぽいから他のを止めろ」なんていう権利は本来ないはずのものだ。
そして同様に企画やサークルそのものに対するかかわり方も、個人の自由であるはずだ。制作行為の強制(というものがある現実)については賛否両論あるかもしれないが、それがある限り門戸の開かれたサークルとは言いがたい
「やる気のある人と無い人」という分け方は全く恣意的なもので、分裂の原因としかなりえない。


うん、なんか良く分からんごとなったけど、つまりもっと軽い気持ちでサークルやろーよってこと。みんななんかがんじがらめになって大変そうだよ?
研連なんか気にしなくていいからさ、もっとみんなどんどん作ろーじゃん
それからもっと社会性身に付けようよってこと。(特に1年)もう少し考えてから行動しようぜってこと。